水爆とは
・水爆
『水素爆弾』より : 水素爆弾(すいそばくだん)は、核融合を利用した爆弾。核兵器の一種。水爆という略称で呼ばれる。
原子爆弾を雷管代わりに用い、この核分裂反応で発生する放射線、超高温、高圧を利用して、水素の同位体で原子量の大きな重水素や三重水素の核融合反応を誘発し、莫大なエネルギーを放出させる。普通の水素は核融合反応の速度が遅く、実用にならないので、「水素爆弾」という名称はやや不正確。原爆による高温度が重要である点から「熱核爆弾」と呼ぶ場合もある。一般に核出力は原爆をはるかに上回る。なお、中性子爆弾も水爆の一形態である。
第二次世界大戦末期のマンハッタン計画後、アメリカでエドワード・テラー、スタニスラフ・ウラムらによって開発が進められ、1952年11月1日、エニウェトク環礁で人類初の水爆実験、アイビー作戦 (w:en:Operation Ivy Operation Ivy) が実施された。この作戦でアメリカはマイク (Mike) というコードネームで呼ばれる水爆の爆発実験に成功した。マイクの核出力は10.4メガトンであったが、本来は気体である重水素や三重水素を零下二百数十度に冷却液化しなければならないため、そうした大規模な装置類の付属により、マイクの重量は65トンに及び、実用兵器には程遠いものであった(気体のままでは密度が低く、核融合反応が起きない)。ところが、翌1953年、ソヴィエト連邦が重水素などの熱核材料をリチウムと化合させて固体として用いた水爆の実験に成功した(実際には水爆ではなかったと言われている)。この型では大掛かりな付属装置が不要なため水爆を小型軽量化できた。その後アメリカも熱核材料をリチウムで固体化した水爆を完成。1954年、キャッスル作戦 (w:en:Operation Castle Operation Castle) が実施された。作戦の一つ、ブラボー (Bravo) 実験の成功により大幅な小型化が実現、更に米ソ両国で核実験が続けられ1955年から1956年には爆撃機にも搭載可能になり核兵器における威力対重量比が格段に増大する結果となった。いわゆるメガトン級核兵器の登場である(1メガトンは1,000キロトン、つまり百万トン分のトリニトロトルエン TNT爆薬が爆発したときに発するエネルギーに相当する核出力を意味する。広島に投下された原爆の出力は15キロトン、長崎のそれは20キロトンであった)。
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・水素爆弾 - Wikipedia
マンハッタン計画後、アメリカ合衆国でエドワード・テラー、スタニスラフ・ウラムらによって開発が進められ、1952年11月1日、エニウェトク環礁で人類初の水爆実験、アイビー作戦 (Operation Ivy) が実施された。 ...
・マーシャル諸島 ビキニ水爆実験 被曝者はいま
1954年3月1日史上最大の15メガトンの水爆実験で出来たクレーター ... ジョン・アンジャインさんが持っているロンゲラップ島民の健康調査ノートはビキニ水爆実験被曝者自信による唯一の記録だ。 ... 広島原爆の1,000倍のウルトラ水爆だった。 ...
・核実験 - Wikipedia
1953年8月12日 『初の』水爆実験。 400Kt。 ... 1955年11月22日 水爆実験。 1.6Mt。 ... ソ連初の水爆実験成功。 ノヴァヤゼムリャでの核実験. 1961年10月30日 ノヴァヤゼムリャで、史上 ...
・ビキニ水爆被災50周年:核実験場とされたマーシャル諸島の今
半世紀前の1954年3月1日、アメリカは、マーシャル諸島のビキニ環礁で、「ブラボー」と名付けた水爆実験を実施した。 ... しかし乗組員23人は、水爆「ブラボー」に遭遇し、空から降ってきた白い粉を浴びた。 ...
・水爆 とは
水爆とは? 「水素爆弾」の略。 「水爆」 ... テラー、スタニスラフ・ウラムらによって開発が進められ、1952年11月1日、エニウェトク環礁で人類初の水爆実験、アイビー作戦 (Operation Ivy) ... 通常水爆の核出力の大部分 ...
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